■ 前日本ナショナルチームロードチーム監督、三浦恭資氏の特別寄稿!
  「本気にならないと決して強くはなれない!」

自らの鈍った身体を再び鍛えることさえも、選手強化のヒントにしてしまう三浦氏。
自転車競技に対する情熱は選手の第一線を退いた今でも衰えることはない。「どうすれば強くなるのか」。これは三浦氏の永遠のテーマなのだ。
ひたすら"強さ"を追求し続ける三浦氏の熱血レポートをお届けしよう。

自らの鈍った身体を鍛え上げることで体感した"強さ"への道のり
ここ数年間は多忙で自転車に乗ることはあまりなかったのだが、昨年から指導するために自転車に乗るようになった。 当初、体重は85kgあり20kmぐらい走るのも辛かった。少しずつ慣れていくというよりも、強制的に走るようにしていった。
この体力低下と向き合うことは非常に大事なことを教えてくれた。今まで分からなかったことを、自分の身体で体験していくことができたのだ。 元々、いろいろなデータを持ち合わせていて、回復可能な能力の限界は自分でも把握しているつもりだった。 1度走らなくなって、再度走れるようになるまでの経緯はまさに選手が強くなるための道のりと同じだと思う。
それは多くの試練や新たなデータをもたらしてくれる。なぜ走れないのか。 極端にいうとその原因は練習にあるのだが、人の心や肉体は複雑で本気にならないと強くは決してなれない。
だいたい選手というものは自分ができることに関しては疑問を持たないものだ。気がついたらある程度強くなっていたというのが多いのではないか。 ペダリングのことにしても丸く回せとか、下死点をなくせとかありきたりのことを口にする。 しかし、どの場面でそれを行うのか分かっていない選手は多い。回転力をつけるのにローラーを回せなどと、簡単に口にできるほど単純ではないのだ。
自分のデータを分析することが沖縄の勝利につながった
ある実験データを見ると、世界を制してきたスプリンターのペダリングは綺麗で力強く、さすがと思わせる。 中距離や長距離の選手も同じような回し方ができる選手は存在するが、踏み込み始める位置が一般に言われる位置よりだいぶ早く、踏み出しの強さが違うことに気がつく。
自分の踏み方は中野浩一選手とほぼ同じだが、速度域は全然違う。1番走れた時でも0.2秒違うのだ。 なぜ踏み方が同じなのかと言えば、最初の指導者が同人物だったことも関係していると思う。大変興味深いことだ。
昨年の終り、ツール・ド・沖縄に参加するためにプロの選手と数回山を上りに行った。もちろん勝てるわけはないが、研究者を唸らせるデータが叩き出された。それは運動能力では無く効率だった。 同じ坂を上り、ほぼ同じタイムで走っているのに仕事率が断然自分の方が低いというデータだった。
このデータを見た研究者は沖縄で自分が勝てるチャンスはないと判断した。もちろん自分もチャンスはないと思っていた。 しかしこのデータは勝つチャンスも同時に教えてくれた。どの場面が自分に有利なのか不利なのかをあらかじめ把握できるのだ。これさえ分かればある程度はレースが組み立てられる。
早い回復がレースの決め手になる
U23を率いて戦った日々を思い出してもらいたい。なぜ日本最強ではないのにアジアで何回も勝ち進んだのか?
それは選手の情報を集め、自分が実際に走っているようにシュミレーションして、有利な場面、不利な場面にどう走るかを冷静に考えていったからだ。 冷静に判断するということは非常に難しい。多くの選手を見ることはできないので、最初は数人の選手に絞り、強化を進めた。
この数人が成功すれば、後はどんどん選手が輩出される。そのために多くのことを教えていった。 若い選手にはマッサージを受けさせるタイミングや方法にもこだわった。なぜなら自分で回復できる筋肉が必要だからだ。
同じくメカニックにもこだわった。彼らは車に同乗する。俺の戦い方を徹底的に教えこまなければいけない。俺の目だけでは足らないのだ。 自分と同じ場面を見せて選手の状態を把握させるのだ。
メカニック、マッサーは選手がゴールをした後のケアはもちろん、次のレースの準備など膨大な仕事が待っている。 選手は次のレースに向け、肉体のケア、特に壊れた筋肉の回復をしなければならない。少しでも早い回復がレースの決め手になるのである。
2009年のツール・ド・おきなわ市民130kmで逆境をはねのけて優勝した三浦氏
2009年のツール・ド・おきなわ市民130kmで逆境をはねのけて優勝した三浦氏

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